でも食卓はとても質素なんですよね。私はドイツの前、6年ほどフランスに住んでいましたが、フランスと大きく違うのは、素材をそのまま食べることが多いという点です。
ドイツでは「今日はキュウリを買ってきた」「パプリカを買ってきた」という場合、生で食べるか、ちょっと火を通して塩で食べます。コトコト煮込んだり、凝ったソースをかけることは、まずありません。フランスなら、この食材を使ってどうやっておしゃれな料理を作ろう、今日のワインに合う料理にしようと、いろいろ考えますけど。 ドイツでは、野菜や果物は皮ごと食べるのが当たり前です。びっくりしたのは、西洋梨も皮ごと食べるんですよ。あの皮はけっこう厚いし、えぐ味もあります。どうして皮を食べるか聞くと、ここにビタミンが一番多く含まれている、と。ドイツ人にとって食べることの意味は、良質の栄養を取ることなんです。
さらにいえば、環境に対する意識の高さもあります。皮をむかないから、ごみが増えない。ソースを使わないから、洗い物が少なくて水を無駄にしない。その合理性は徹底しています。
私の子どもは小学校と幼稚園で、それぞれお弁当を持って行きます。ドイツのお弁当の典型というと、まずはハムをはさんだパン。あとはニンジンやパプリカを切ったもの。小さなミニニンジンというのがあって、それは切らずに葉っぱも付いたまま。それにリンゴ丸ごと。
そういう暮らしをしていますから、たとえば夕食の支度をしている時に、子どもたちが「おなかすいた」と言ってきたら、キュウリをそのまま渡します。実家のある熊本からゆずみそを持ってきたので「おみそをつけて食べてね」と。 ドイツやフランスに住んで、改めて日本食のすばらしさを実感。それを子どもたちにも伝えたいので、今でも和食を作って食べることが多いんです。
フランスに行った当初は、小麦粉中心の生活に慣れませんでした。熊本にいた時は、近所の農家の方が持ってきてくれたおいしいお米を食べていました。パリでもお米は買えますが、それは欧州で生産されたジャポニカ米。熊本で食べていたお米とは……。熊本での何気ない食事がどんなに貴重だったかを感じました。
実家では、おみそは隣の方が作った米みそを使っていました。甘味のあるみそで育ったので、パリのスーパーで売っているみそがおいしく感じられなくて。
のりも有明海のものをいつも食べていたので、あの磯の香りとパリッとした食感がないのは寂しかったです。山菜の天ぷら、フキのお煮つけ、馬刺し、高菜飯、だご汁、ザボンや「晩白柚(ばんぺいゆ)」などを恋しく感じました。 パリの学生時代に、スイスでのコンクールに出場したんです。自分のコンディションを最良に整えたくて、母にお願いして、梅干し、フリーズドライのおかゆとみそ汁を送ってもらったことを覚えています。これがあれば、元気に臨めると。
欧州に住んで20年以上になりますけど、コンサートを前に体調を整えたい時や、ちょっと元気がないなあという時には、ご飯とみそ汁、漬物、サケを食べます。それだけで元気になるんです。漬物は、自分で塩昆布を巻いて浅漬けを作ります。サケは脂がのったノルウェー産が手に入りますので、それに塩こうじを付けて焼きます。
和食を食べると気持ちが落ち着き、新たなやる気が出てくるのを感じます。
(聞き手・菊地武顕)
いでた・りあ 1982年、オーストリア・ウィーン生まれ。2歳から熊本で育ち、6歳でマリンバを始める。18歳で渡仏しパリコンセルヴァトワールで学び、第1回パリ国際マリンバコンクールで1位。現在はベルリンを拠点に、ソロだけでなくミュンヘン室内オペラ専属アーティストとしても活躍。今年から日本でも本格的に活動を始め、6月に日比谷音楽祭出演。CD「Sugaria~シュガーリア」発売中。