ですから旅先での食事の情報収集は、ガイドブックやウェブなども見ますけど、一番参考にするのは地元の人たちが入る共同浴場での会話。「昨日の夜は〇〇を食べた」「あそこの〇〇はおいしい」と教えてもらったものを食べるようにしているんです。その土地ならではの食材、食べ方が分かります。それが決して観光客向けではないのがさらにいいんですよね。

この2月、非常に強烈な寒波が襲ってきた時に、雪深い奥飛騨に行きました。寒い時期に奥飛騨を訪れるのは、3回目ぐらいでしょうか。雪が降り積もり、巨大なつららが屋根からぶら下がっている光景を見ながら、「やっぱり冬の奥飛騨ってこれが合うよな」と思って食べたのが、漬物ステーキなんです。
冬の長い奥飛騨では、野菜を取るための保存食として漬物を作るんです。長く漬けていくと、だんだん酸味が増していきます。その漬物の上に卵の黄身やみそを落として、ステーキのように鉄板で焼くんです。酸味と塩気が強い漬物ステーキを、飛騨のお酒と一緒にやるのがいい。

雪深いところならではの食事ですよね。しょっぱいものを食べて、酒で暖を取って。こうやって冬を越えていくんだなと感じます。巨大なつららを見ながらそれを食することで、観光客ながらも奥飛騨の皆さんの生活を思うことができました。
私は最近、観光産業など行政の仕事に携わることが多くなっています。全国各地に豊かな食文化があるんですけど、それがきちんと伝わっていない、記録として残されていないことを、危惧しています。ですから地域の方々の食べているものを食べて、旅スケッチみたいな感じで書いていきたいと思うんです。

私は新潟で生まれ育ったので、新潟の食についてお話しさせていただきます。奥飛騨と同じで新潟も長い冬を過ごすため、発酵食品を取ることが多いんです。その一番の例が酒ですし、他地域にないものといえば「かんずり」が挙げられます。大寒の時に、塩に漬けた唐辛子を一度雪の上にさらして干したものです。辛味もちょっとマイルドになり、漬物というよりも調味料として使うことが多いんですね。鍋の時に、ゆずごしょう的に使ったりします。私は山菜に付けるのも好きですね。うちの冷蔵庫には必ずあります。
新潟では冬の間、雪室でキャベツやニンジンなど野菜を保存します。すると糖度が増すんです。一般に野菜というと取れたてが良いといわれますが、実は熟成された糖度の高い雪室野菜はすごくおいしいです。ちょっと塩やみそを付けるだけで、十分メインのごちそうになるぐらいの濃厚な味。
夏ならナスとエダマメで、そのおいしさは絶品。この二つは必ず食卓に上がります。でも雪室野菜にしてもナスやエダマメにしても、東京で流通しているわけじゃない。県内で消費されてしまう。県民でみんな食べちゃうんですよ。新潟に行って、ようやくありつけるんです。これがまたいいと思うんです。

私が「じいちゃんばあちゃんご飯」の良さが分かるようになったのは、40歳を過ぎてくらいから。子どもの頃はありがたみが全然分かっていなくて、「田舎臭い」と嫌っていました。その良さが分かるようになったことを、うれしく思っています。
(聞き手・菊地武顕)