[農村の新潮流]コロナ下の「体験」需要 農泊が受け皿 “児童の目”で価値発掘 地方=SDGsの先進地
「県内にこんないい素材があるなんて」。6月末、山形県鶴岡市温海地区の湾内で手作りいかだをこぐ6年生35人を砂浜で見守りながら、山形市立第一小学校の江川久美子校長が言った。
同校は長年、県外の歴史的な名所を修学旅行の訪問先にしてきたが、コロナで断念。担任の教諭は「SDGsを実体験で学ばせたい」と旅行会社に相談した。地域の自然や文化を次世代に継承しようと2014年から農泊に取り組み、教育旅行の実績もあったNPO法人「自然体験温海コーディネット」が受け入れ先となった。
同法人が提供する「持続可能な観光」は、砂浜に打ち上げられたプラスチックごみなどの出どころを考えることから始まる。法人のキャプテン・冨樫シゲトモさん(52)は「当初は旅行者が来る前に海岸を掃除していたが『ありのままを見せるべきだ』と考え、やめた」と言う。大半のごみが県内の街から川を伝って海に流れ込む実態を説明し、自らの暮らしを見詰め直してもらう。
シナノキの皮から編む伝統のひもと、モウソウチクを使ったいかだ作り体験は、地元の隠れた価値の発見につながる。6年の堀川凛太郎さん(11)は「とても楽しい」と笑顔で語り、「ごみは拾うだけでなく、出さない、捨てないようにしなくては」と続けた。
コロナ前は同法人もインバウンド(訪日外国人)を受け入れていたが、コロナで利用客が急減。一方で教育旅行の評判が広がり、21年度は県内43校(前年度の6倍増)が訪れ、訪問者も過去最多の4533人となった。
コロナ前は民泊してもらっていたが、大人数の教育旅行が主体となった現在は地元・温海温泉の旅館を利用。伝統的な焼き畑農法で栽培する「温海かぶ」と森林作りとの関係や、特産のスルメイカで一夜干しを作りながら地球環境の変化を知ってもらう活動は同じだ。
ただ、コロナ後も教育旅行が県内に定着するかまだ分からない。冨樫さんは言う。「地方の多くは、実はSDGsの先進地。子どもの時に地域の良さを知れば地域を誇る人材となり、未来の地域を支えてくれると思う」
教育旅行 新たな核
インバウンド需要の呼び込みを柱とした観光立国推進基本計画が2017年3月に閣議決定され、「農泊」推進は国策の一角に位置付けられた。
関係省庁が施策作りに乗り出した中、農水省は人口減に悩む農山漁村の活性化策と位置付け、古民家修復の支援予算などを計上。過去最多となった19年の訪日外客数(約3200万人)の多くが、農山漁村での活動体験や食事・宿泊などを楽しんだ。
しかし、20年以降のコロナ禍の入国規制で外国人客は9割減となった。県や地域をまたぐ移動の規制で、国内客も2割減り、「農泊」は停滞した。
一方、同省は農泊推進研究会を昨年7月に設置。6月の第4回会合では、感染防止規制の緩和が始まった4月以降の国内客が、7割近くまで回復したと報告した。そのほとんどが「教育旅行」だったという。
このことから教育旅行を「農泊の強み」として展開する、ウィズコロナ時代の新しい方向性が確認された。
<メモ> 農泊
「農山漁村滞在型旅行」を指す農水省の商標。農泊の実施母体となる地域協議会は6月末現在、全国に615団体ある。同省農泊推進室は「さらに増える」と見込む。
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