政府は「農政の憲法」とされる食料・農業・農村基本法の改正に着手した。1961年の農業基本法、99年の現行基本法の制定に続く、3度目の農政のアップデートだ。有識者らのインタビューを通じ、来たるべき新農政を展望する。
#1 多様な農業人材 #2 担い手問題 #3 ジェンダー #4 スマート農業 #5 産地振興 #6 農村活性化
渋谷明伸(しぶたに・あきのぶ) 青森県弘前市農政課長。1971年青森県弘前市生まれ。弘前大学農学部を卒業後、95年に弘前市に入庁した。財政課、企画課などを歴任。りんご課長時代の2021年10月には同市職員の副業解禁に携わった。23年から現職。
青森県弘前市は、全国に先駆けて、特産のリンゴ栽培で市の職員による副業を認めた。市が先陣を切って副業を解禁することで、民間企業が副業を始める機運を盛り上げる狙いがある。「日本一のリンゴ産地なんだから、この時期は収穫で休む」と、地域の人たちが「当たり前」に農業に携われる環境づくりを進めている。
市では高齢化が進み、放棄されたリンゴ園地が増えている。今は、40~60代がリタイアした農家の園地を引き継ぎ、生産量を維持できている。だが、20、30代も今後、同じように園地を引き継げるかというと、絶対数的に厳しいだろう。
副業を解禁して2年近くたつ。週8時間以下の公務員の副業だけで担い手不足を補えるとは到底思わないが、農業を担う人が増えるきっかけになればとの思いも、副業を始めた理由の一つだ。
専業農家だけでは、もう地域の農業は維持できない。農家のマンパワーだけでは、絶対に足りない。この状況下で、食料・農業・農村基本法の見直しで議論に挙がる「多様な人材」という考えにたどり着くのではないか。
担い手確保、「副業」で補助
ただ、副業で農業に携わる人が「担い手」になれるほど、リンゴ栽培は甘くない。あくまでも補助労働力に過ぎない。それでも、収穫時期には、農家から「半日でもいいから来てくれ」との声が相次ぐ。人手が必要な期間だけでも労働力が集まれば、現役の担い手はまだ頑張っていける。
一方で、将来的に農業を維持するためには、本当の担い手を確保することも重要ではないか。いくら副業で補助労働力を確保しても、実際に就農する人が増えなければ農地は維持できない。
新たな基本法では、担い手の確保・育成を第一に位置付けてほしい。担い手の議論があって初めて、農地や労働力、販路の確保に話が広がっていく。新規就農者がいかに将来のイメージを持って農業を始めてみようと思えるか、具体的なプランを自治体も含めて明確に示していかなければならない。
リンゴ産業でこの地域は支えられている。担い手不足で生産量が減れば、運送業者やリンゴ菓子を作る加工業者など、広く影響が出る。地域全体で農業を守る視点がこれまで以上に大事になる。