与那国島は台湾まで111キロ。晴れた日には水平線に台湾の島影が浮かび上がる。
町は20年前、経済的自立を目指し、台湾との交易特区を政府に申請したが、却下された。志が折れた中で台頭したのが、対中国を念頭に九州・沖縄の防衛力を増強する「南西シフト」。手始めが同島に沿岸監視部隊を配置する計画だった。
賛否で島民は真っ二つに割れたが、「地域振興」を期待した町は押し切った。8年前に部隊が置かれ、隊員と家族の転入で人口は1500人台から1800人台へV字回復。町有地の賃貸料で学校給食を無償化、島民と隊員の交流も図られた。
しかし、2年前に地対空ミサイルの配備計画が明らかになると、「島が攻撃対象になる」懸念が生まれた。経済的な恩恵を受ける業態とそうでない業態との格差も広がった。
農業の衰退はそんな背景下で加速した。
町産業振興課によると、基幹作物のサトウキビ、水稲、長命草(ボタンボウフウ)、和子牛せりを合わせた2022―23年期生産額は1億9000万円と、5年前の半分になった。この間、サトウキビ生産者も3割減、今期生産量は5割減の3200トンの見通しだ。町が国の補助で建てた製糖工場は採算ラインを5期連続で下回り、赤字が膨らみ続ける。
水稲と長命草の生産者は各1戸になった。島の耕地は500ヘクタールを割り、うち再生困難を含む休耕地は4割の200ヘクタールを超えた。和子牛も原価割れが八重山地方で最も深刻だ。
事態を重視した前門尚美・県農林水産部長が1月下旬、島を訪れた。糸数健一町長と会談後、前門氏は取材に「1年で解決できる問題ではない」と危機感を隠さず、中長期的な対策を図る考えを示した。
3月には島に電子戦部隊が投入され、軍民共用の滑走路や海港の建設計画も進む。島が要塞化する中、小嶺さんは「軍備だけでいいのか」と問う。「海洋国の日本は、離島に人が住み、生活があって領土領海は守られる。自助、共助、公助で農業を立て直したい」
南西シフト進む自衛隊
自衛隊の「南西シフト」は、政府が2013年に策定した防衛大綱で始まった。鹿児島から沖縄まで全長1200キロの南西諸島に軍備を増強する計画で、それまでは沖縄本島以外に部隊はなかった。
南西諸島は、米軍が中国軍の太平洋進出を抑える「第一列島線」の東側に連なる。16年3月の与那国島の沿岸監視部隊配置を皮切りに、奄美大島、久米島、宮古島、石垣島などに基地が造られ、本州の部隊が移転した。
戦後安全保障の大転換となった22年12月閣議決定の安保3文書では、敵基地を攻撃する「反撃能力の保有」を初めて打ち出し、長射程ミサイルの導入を盛り込んだ。これを受け、与那国島に電子戦部隊やミサイル部隊の追加配備が決まった。
九州も後方支援拠点として防衛力の強化が進む。23年2月、米国で行われていた日米共同の離島防衛訓練が初めて大分、鹿児島、沖縄で展開された。
南西シフトは砂糖の自給を支える南西諸島のサトウキビ栽培に影を落とす。宮部芳照・元鹿児島大学農学部教授は、収穫などの季節労働者が給与の高い基地建設に流れていると指摘。「防衛力と食料生産の両立を図るビジョン」を求める。
農業再建は未来を左右 糸数健一町長に聞く
沖縄県与那国町の糸数健一町長に、急速に衰退する島の農業の課題について聞いた。
今、自分がサトウキビ農家だったらどうするかを考えている。思い切ったことをやらないと先細りするだけだが、面積を広げれば大型機械が必要で、借金地獄にはまる。海外から安価な黒糖が入るようになり、作るほど赤字になる現状では、島民に「もっとキビを作って」とは言えない。
和牛子牛も島に市場がない与那国の農家は、石垣島まで海上輸送しなければならない。近年の子牛価格の暴落もあって、八重山地方で一番割を食っている。
「町長は自衛隊のことばかりだ」と批判されるが、心外だ。私も農家だったから分かるが、農業の再建は与那国の未来を左右する。気候も亜熱帯から熱帯に変化しており、サトウキビを続けるか、基幹作物を変えるか、その分岐点にある。
休耕地がこんなに増え、荒れてしまえば、頭を下げても借りてくれる人がいなくなる。食料安全保障を徹底するEU(欧州連合)や米国のようなしっかりとした農業保護政策が日本にも欲しい。
とは言え、何でも国に頼るのは良くない。自分たちで行動を起こし、協力しながら生き延びる術を見いださなければならない。