佐渡のトキは順調に増え、野生で576羽が生息する(2024年末推計値)。一度は絶滅したトキが復帰できたのは、地域の水田農業が健全であったからだ。では、島内で今後何羽まで増えるのだろうか。未来はさほど楽観できない。
日本の農業は規模拡大の道をまい進してきた。しかし、実際は担い手が所得の拡大よりも地域の農地の保全を優先し、条件不利地も含めて受け継いできた。佐渡米の「朱鷺(とき)と暮らす郷(さと)」の栽培も同じ道をたどってきた。農家数が減る中でも、大きい農家が受け継ぐことで取り組み面積を維持してきた。しかし、そこにも陰りが見えてきた。規模拡大には限界があるのだ。トキは増えたが、農家が絶滅に向かっているという笑えない皮肉まで聞こえてくる。今後は条件が悪い田んぼは手放し、平野部に集約する担い手も出てくるだろうが、誰もそれを責められない。里山はますます荒れ、トキのすみかも失われる。
米は輸入できても田んぼは輸入できない。米を食べるということは、単なる栄養の摂取ではなく、田んぼの土や生きものとつながり、国土を守ることに直結する。「田んぼの鳥」であるトキは奇跡的に復活したが、その命運は私たちの手の中にある。そんな私たちの食がこれからも健やかにあるか。それもまたこの鳥の命運と同じ場所にある。

はっとり・けんじ 1975年生まれ、奈良県出身。北海道大学大学院で生態学を修了後、北海道と新潟県の普及指導員として稲作の技術指導に従事。現在は田んぼの生きもの調査の講師として活動。