[論説]農作業事故の予防 安全教育の強化を急げ
農作業中の事故は、春はトラクターなど農機の転倒・転落、夏は熱中症、秋はコンバインの転倒、稲わら焼却中のやけど、はしごからの転倒・転落など、年間を通して事故が起きている。
だが、けがなどの事故が何件起きているか国の統計はなく、農家の命を守る予算も乏しい。農水省によると2024年度の農作業安全対策の予算は2400万円。近年は2000万円台が続き、啓発ポスターやちらしを作って終わり、となりかねない。
政府は、改正食料・農業・農村基本法で食料安全保障の確保を声高に叫ぶも、肝心の農家の安全は揺らいでいる。25年度は改正法ができて初の予算となる。農作業安全予算の拡充を強く求めたい。
将来の農業を担う若者らを対象にした安全教育も欠かせない。宇都宮大学の田村孝浩教授は、前期15回の「農村計画論」の授業の中で、3回分を農作業安全教育に充てた。農作業事故の実態や課題を学びながら、事故をリアルに感じてもらおうとJA共済連と連携し、かぶるだけで仮想現実を体験できる「VRゴーグル」を20セット用意。受講した学生65人が、脚立からの転落事故を疑似体験した。
授業後のアンケートでは、9割以上が事故の実態を知るきっかけになったと回答。VR体験を通して「危険意識を持って作業するきっかけになる」「事故に対する意識が高まった」「安全意識が上がった」などと回答。小学生から中、高、大学生、新規就農の若者、高齢者に至るまで幅広い年代で、今回の体験をすることが効果的と答えた。
学生が考えた事故を防ぐ対策も、実現できそうなアイデアばかりだった。「安全装置の取り付けを義務化する」「安全装置が付いている農機具に補助金を出して安価な価格で普及させる」「自動で危険を察知するセンサーを(農機に)取り付ける」「事故情報を集められる法整備」などの鋭い意見が相次いだ。
ただ、ここまで体系化して安全教育を授業に取り入れている大学はごくわずか。多くは安全衛生教育の一環として、安全に作業する方法を伝えるだけにとどまっている。
田村教授は「食の安全・安心は、農家の安全・安心が土台。農作業事故が日本社会に与える影響を定量化する必要がある」と指摘する。命を守る安全教育の強化が必要だ。