[論説]熊被害と国土保全 中山間守る農村政策を
熊による人身被害の増加は、餌となるドングリの凶作なども要因に挙げられる。一方、山際の耕作放棄地が増えて熊などが身を隠せる場所が増え、行動範囲が広がって人間と遭遇しやすくなり、被害に結び付いているとみる研究者や自治体の関係者は多い。
耕作放棄地は、山際ほど発生の可能性が高い。耕作されていないため、作物の栽培ができない「荒廃農地」発生の理由について、農水省が2021年、全市町村に調査したところ「山あいや谷地田など自然条件が悪い」が25%と、最多となった。
熊対策の専門家の多くは、熊を寄せ付けない対策の一つとして、地域の「やぶ刈り」を挙げる。熊の出没リスクが高い中山間地域こそ、農家を含む地域住民の安全を確保する必要がある。個体管理や捕獲体制の整備に加え、安全な環境を整備するには荒廃農地の再生、活用を含め、熊が身を隠せるやぶを地域全体で減らしていくことが重要だ。高齢化が進む中で、個人単位ではなく、地域ぐるみでの共同作業が鍵となる。
中山間地域は深刻な人口減に直面し、少子化でさらに加速する恐れがある。同省農林水産政策研究所の推計によると、山間地域の人口は15年から45年までの30年間で半減し、中間地域も4割減る見通しだ。住民の協力体制を整えるのは、ますます厳しくなる。
一方、若者を中心に「田園回帰」の動きが広がり、外部からの多様な人材を確保するチャンスでもある。都市から地方に定期的に訪れる「関係人口」も重要な存在となる。こうした新たな兆しを追い風にして、中山間地域の振興につなげられれば、国土保全や野生動物との共生に結び付く可能性はある。
農山村に内外から人が訪れ、やぶ刈りなどの共同作業を通して荒廃農地を再生し、地域を守り、人の生活圏を維持することは、中山間地域の安全確保にもつながる。相次ぐ熊被害を教訓に、政府は中山間地域が国土保全に果たす役割を改めて評価し、人々が行き交う農村へ、支援を拡充することが求められている。
政府は、来年の通常国会で食料・農業・農村基本法の改正を見据える。農畜産物の適正な価格形成や生産資材の安定確保などと並んで地域を維持、保全する観点から、中山間地域の振興を重点に据えた農村政策を示してほしい。