農業の担い手は年寄りばかりってことになっていますが、農業をやっている年寄りが長生きしているってことでしょ。なぜ誰もそう言わないんですかね。
都会のサラリーマンは、高層ビルに働きに行って、タワーマンションに帰ってきて、ジムに行ってジョギングして――。おかしいですよね。日常生活と体の動きとを結び付ければいいんですよ。農業のように。
そろそろ、大都市はある程度解体して、地域居住に近づけた方がいい。首都圏直下型地震や南海トラフ巨大地震が20年以内に起きるといわれていて、本当に起きれば大都市は機能しなくなる。東京や大阪は食料自給率が1%ですから、物流が止まればアウトです。
そんなことを心配するより目の前のことを考えた方がいいっていうのは、常識でしょうが、起きてからでは遅いわけで、私もうかうかすると生きているかもしれない。自然災害はある意味分かりきったことですから、準備は必要です。
新型コロナウイルスのマスクやワクチンの問題で、安全保障とは、国民が必要としている時に必要なものを供給できる能力だと分かりました。国家とは、政治体制ではなく、供給能力の総和ですね。
戦後日本は、農村を解体し、都市化を進めました。都市社会とは、予測と制御を原則にしていて「ああすればこうなる」コンピューターのシステムです。教育で言えば、先生が問題を出して生徒が答える。意識で世界を単純化し、個性をノイズとして排除する。
でも、農村は自然を相手にしているから、制御も管理もできない。生き物を見たら分かりますが、全てが何十億年かけて進化した答えです。人間もそうですが、同じ種でも個体による違いがある。問いがあって解があるのでなく、なぜこうなったのかを考えさせる。
先日、お付き合いのある会津の有機栽培の農家を訪ねました。就農10年目くらいの60代のご夫婦で、田んぼは雪で真っ白でした。
僕は虫を捕るもんだから、食べ物へのこだわりというより、環境なんです。農薬を使うとてきめんに虫がいなくなる。気候の変化も関係あるかもしれませんが、全体的にものすごく虫が減りました。有機を調べていて面白かったのは、みんなやり方が違うから、本を書こうとすると、農家の数だけ項目ができる。土地も違うし、植えているものも違うから、それぞれに個性があって当然なんです。
コロナの後、社会はどこへ向かうべきか。僕は、国民の中に農業のような対物の仕事をする人が増えればいいなと思っています。
ようろう・たけし 1937年11月神奈川県鎌倉市生まれ。解剖学者。東京大学名誉教授。著書「バカの壁」は累計450万部のロングセラー。昨年12月、シリーズ最新刊「ヒトの壁」を出版。
